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英語、小さいころ始めたのに…の科学的理由①

子どもがアメリカの子役のような発音で二言、三言英語を口にすると、おおっ!と驚く大人がいるものです。


「うらやましいな~♪僕も幼児英語やりたかった」
うちの子にも早くいい教室を見つけなきゃ」
子どもは呑み込みが早いからね~」
臨界期を過ぎちゃうとキビしいみたいだし」



子どもたちにできるだけ豊かで幸せな未来を願う大人が、幼いうちから英語をプレゼントしておきたいと思うのはごもっとも。


ただ、幼いうちに英語にふれるかどうかで一生が決まるわけではありません。人間はもっとすばらしく創られています。
お子さんにはお子さんの、大人の方には大人の方のすばらしさがあるのです。慌てたり、後悔したりはもったいない。その理由を3回にわたってお話します。


【臨界期はCritical Period
Final Call
じゃありません】

まるで飛行機の最終呼び出しのようですが…かっこいい英語習得の最終締め切りではありません。そもそも「臨界期仮説」は母語習得に関する仮説のひとつ。ある年齢を超えた野生児が言語を習得できるかどうかの研究から唱えられました。その資料を読むと、野生児が言語を「習得しなかった」のは、「教え方が下手だったんじゃないの?」と私には思えてなりません。


臨界期そのものの存在が実証されたわけではないのに、「絶対音感」と同様、日本では独特な存在感を持っているのは、なんともいやはや…。

ご参考:臨界期仮説を再検証(英語)


【脳にも庭師がいるんです!
ニューロンの刈込み
Neuro-pruning】
憶えるのが得意なコンピューターも、使わない機能、いらないごみファイルを片づけないと動作が重くなって困ります。


わたしたちの脳には、そんなレジストリクリーナーがもともとインストールされています。よく使う回路のニューロンが脂質でしっかり覆われ、そうでないものが裸でいると…ある物質が分泌されて……裸のニューロンは…さようなら、よく使っているニューロンがしっかり残ります。これをニューロンの刈込みと言います。


どんなに小さいころにどんなに沢山英語にふれさせられ、習得したとしても、自分にとってそのとき不要であれば片づける自由がある、と言ってもよいでしょう。


だから、「小さいころはあんなにかわいく英語を話していたのに、中学に入ったらサッカーばっかりで英語はまるでダメ…」なんて嘆かないことです。ぼっちゃんはアタマのレジストリクリーニングをちゃんとおやりになりました。

ご参考:ティーンのニューロン刈込み(英語)


ただ、これは私の憶測ですが、コンピューターのレジストリクリーニングと人間のニューロンの刈込みは少し違うようです。ニューロンという物質がなくなっても、パターンはどこかに覚えていて、また必要になったら埋め戻せるようになっているに違いない、と思うことがしばしばです。


ちょっと待って…?
幼いころにせっかく教えても、剪定してポイ…?


それがいいところなんです。


人間は庭のよう。いろいろな植物を楽しみながら、全体性を保つ庭園。
剪定した挙句庭がハゲ山のまま…なんてことにはなりません。


そこで次のキーワードは神経の可塑性 Neuro-plasticityです。
なんだかヘルメットを思わせる用語ですが…
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テーマ : 英語・英会話学習 - ジャンル : 学校・教育

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