スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

クラス最悪の運動神経、という恵み

(木曜は身体感覚メインでご紹介。
今日はごあいさつ的ですが)


思いがけないライフワークが、悩みや寂しさとして
幼いころに種蒔かれていることもあるように思います。


小学生のころ、私に蒔かれた種は
クラスで最悪の運動神経



ドッジボールは取れない、投げられない
跳び箱には座ってしまう
かけっこはビリ


何度繰り返し練習しても
なかなかできるようになりません。
身体はちっともいうことを聞きませんでした。
クラス全員の前で恥をかかせ続ける自分の身体が
ポンコツ車のようで、どれほど忌々しかったことか!

どういうわけか9才のころから
宗教、アチラの世界に惹かれやすかったのも
このズタ袋から早く出てしまいたかったからでしょう。


私はみっともない。
周りはみんな私をみっともないと思っている。
こんなんじゃだめ。


常にそう信じていました。


でも、4年生のとき
担任のアキオ先生が母にこう言ったのです。
「ユキコの体育、
成績表につける点は2になってしまうけど、
あのがんばりには
僕は5をあげたい
と思っているんです」


いっぺんに力が抜けて涙が出てきました。
アキオ先生はわかってくれている…!
自分でとった100点のテストよりうれしかったのです。
(ちなみに、帰りの会で
「日本全国酒飲み音頭」を歌おうと
学級会で決まってもOKな先生でした。
1週間確かに毎日歌いました。でもちょっと飽きた。)


紆余曲折を経て、初めての留学から21年後、
再びイギリスで学ぶことになりました。
21年前は中世英文学と演劇、
今度はINPPという研究所で反射をベンチマークとした
神経・運動発達ですから、
まるで畑違いに見えるかもしれません。
でも私は共通する軸をはっきりと感じていたのです…。


神経・運動発達というとなんだか難しそうですが、
こまごまとした事柄をつなげて
アニメのように思い浮かべると…美しいのです。
人はなんて素晴らしく創られているのだろう!
と感嘆します。

子どもたちの「わけのわからなかった振る舞い」が
意味のあるカラダコトバとして聞こえてくるのです。

それは、初めはわけのわからない英詩から
ひとつの世界が立ち上るのと似ています。
情報ではなく象徴の世界のようです。


私の運動神経がクラス最悪だった理由も見当が付き
初めて幼いころの自分を理解した気がしました。

悪かったのは運動神経ではなく、
感覚(神経)だったのです。
おさぼりを決め込んでいたのは目、
過敏だったのは触覚…でもそのおかげで
耳がとても働きものになりました



(この背景にはどうもATNR非対称緊張性頚反射、STNR対称緊張性頚反射そして両生類反射と呼ばれる反射一味のオイタもかかわっているようですが、それはまたのお楽しみ。)


みっともない私をがんばっていると見たアキオ先生。
先生はどんな目をしていらしたので、
そんなふうに見えたのでしょう。


そんなことを思いながら、子どもの姿勢や行動を
カラダコトバとして受信できる大人の輪が広がることを
願っています。


今年はいろいろやりますぞ。

スポンサーサイト

テーマ : 発達障害 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

lingua musica
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。